イチロー 名言集

日本人初のメジャーリーガー外野手で、MLBシーズン最多安打記録保持者(262安打)のイチロー選手の名言集です。

「2006年」の名言一覧

状況を変えようとしたこともありますけど、個人の力で、いきなり変えることは、不可能です。

2006年の年頭のセリフ。「すぐに変えるんだなんていうふうに考えると、むずかしくなるんです。だから、変えたければ、変えるためのきっかけから、つくっていかなければ」

はじめから、今があったわけではありません。状況は、少しずつ、変えていけるものです。

2006年の年頭のセリフ。「僕だって、子どものころは、少年野球のユニフォームを着て、プロ野球の選手を目指していたんです」

ものを動かしていくきっかけは、個人でもつくることができるんです。そういうことを、行動でも、発言でも、やっていきたいと思います。

2006年1月のセリフ。「個人で、時代の状況を変えることはとてもむずかしいことです。個人でできることの範囲は、だいたい決まっている。でも、変化のきっかけぐらいは、個人でもつくっていかなければダメだと思うんです」

プレッシャーを感じていこう。逃げて勝てるのはアジアだけ。アメリカではそれでは勝てない。

2006年2月21日、WBC日本代表選手たちとのミーティングにおけるセリフ。

野球の人気を考えたら、選手のふるまいは大切なんです。勝つだけでなく、かっこいいなぁと思ってもらわなければ。

2006年の年頭のセリフ。「真摯に野球を考えている選手が集まって、それで勝てれば、子どもたちが野球に向いてくれるきっかけになる可能性はあると思います」

日本人は、自分をおさえることに「美」を見いだそうとしています。美徳なのか、そうしなければ生きていけないのかは、わかりません。

2006年の3月、アメリカ人と日本人の自己表現のちがいについてのセリフ。「自分を自分以上に見せようとするのがアメリカ人で、自分をできるだけ隠そうとするのが日本人ですよね」

むずかしいのは、やるべきことをやっていたとしても、まわりが理解しているかどうかは別問題ということです。

2006年の3月、WBCでチームを牽引したことを、まわりが理解してくれたおかげだと言っていたときのセリフ。「みんながどう感じているかなんて、わかりませんから」

僕は、すばらしい仲間から、なにかを学びたかった。「純粋な思い」っていいなぁと思いましたね。

2006年の3月、WBC優勝のあとに、日本代表チームをふりかえってのセリフ。 川崎宗則選手について「なにをやるにも一生懸命で、どこに向かうにしても、あの気持ちが失われなかったら強い。僕も失っていないつもりだったんですけどね」と話していた。

マイナスの妖気を持っている人っていますよね。ああいうの僕、すごくイヤなんですよね。

2006年の1月のセリフ。「エネルギッシュな人に圧倒されるほうがおもしろいですから」

アメリカには、すごい選手もいるんです。でも、少ないんです。

2006年の2月、王監督に「アメリカの野球を、みんなに伝えてくれないか」と言われときにメンバーに伝えたこと。

「ありがとう、きみのおかげだ」という王監督のひとことで、すべてが報われました。

2006年にWBCで優勝したときに、王監督から言われたことについてのセリフ。

優勝した瞬間、みんなが子どもの集まりに見えた。だからこそ、スポーツっていいなぁと思うんです。

2006年にWBCで優勝した日本代表についてのセリフ。「世界の王選手を世界の王監督にしたかったので、充足感はありました」

以前は、10回のうち10回できなかったことが、最近は、10回のうち2回できるようになってきました。

2006年の1月のセリフ。「他人に寛容になる」という目標は、こんなふうに、少しずつできるようにしていきたいのだという。

自分には、もちろん厳しくいたい。でも、他人には、寛容でありたいんです。

2006年の1月のセリフ。「これは、いま、自分のなかで、できたらいいなぁと思っていることです」

僕は、言い直したりはしません。

2006年の3月、WBCの記者会見の「向こう30年は手を出せない」という発言が波紋を呼んで、撤回しないかと聞かれたときのセリフ。

他人のミスも、自分のミスも許せるようになってきた。これは「甘くなった」という意味ではないんですけどね。

2006年の春のセリフ。「他人のミスも、そんなこともあるよなぁと思えるようになりました。イヤなところも感じるけど、いいところも感じられる。いいところに目がいくようになってきたんですね」

おまえ、深いところでナメてやっているだろう? 自分の気づかないところで、ナメているだろう?

2006年の2月、WBC日本代表練習で、松坂大輔投手と上原浩治投手に向かっての独特の激励のセリフ。「松坂と上原は、僕とタイプが似ているんです。向かっていくところがあるからね」

自分のために、プレイをしていましたか? チームのために、プレイをしていましたか?

2006年のWBC優勝後しばらくして、イチロー選手が王監督に現役時代のころをたずねたときのセリフ。王監督の返事は「自分のためにやるからこそ、チームのためになるんじゃないか。自分のためにやる人が、いちばん、自分に厳しいから」で、イチロー選手は「それ…

以前は、自分にも他人にも、完璧主義でしたから、「ミスをするということ」が、許せなかったんです。

2006年の年頭のセリフ。かつてのスタイルについて「だから、自分にも厳しく、他人にも厳しくやってきました。でも、そのスタンスが変わってきたんです」

「教えてあげる」というスタンスでこられると、「この人は限界なんだろうなぁ」と思うんです。

2006年の1月、先輩についてのセリフ。「自分は経験を重ねてきているから、なんでも聞きなさい、というスタンスには、まったく魅力を感じないんです」

失礼ですけど、魅力のない人って、上から、モノをいってきませんか?

2006年の1月、先輩についてのセリフ。「そういう方は、自分が行くところまで行った、と思っていらっしゃるみたいなんです」

ただ、いいところをホメるというだけが、愛情ではありませんよね? 聞き苦しく感じることほど、あとで、タメになったりしますから。

2006年の年頭のセリフ。「長い目で見て、ほんとに相手のタメになることが隠されているのは、どちらかというと、『聞き苦しく感じること』なんじゃないでしょうか」

野球というのは、ケンカではないですけど、今日は、そんな気持ちで、いました。

2006年3月18日、WBC準決勝、相手は2敗している韓国。そこでの緊張と興奮は並大抵ではなかったという。

「チームとして、ひとつになっていきたい」と、これほど強く思ったことはありませんでした。

2006年3月16日、WBC準決勝の韓国戦をひかえたときのセリフ。「日本が、同じ相手に3回も負けることは、決して許されません。昨日(韓国に敗戦)も向かっていく立場でいきましたが、もっと、強い気持ちを持って、あさっては、みんなでまとまっていきます」

WBCの僕と、今までの僕とでは、比較がむずかしいですけど、以前から自分のなかにあったものが、表に現れただけの話なんです。

2006年の3月のWBCの言動をふりかえって。「あんなイチローは珍しいとか、あれこれ言われましたけれど、ああいうイチローも、僕にとっては「あり」なんです」

WBCでのあたらしい挑戦は、チームの中心になるということでした。

2006年の3月のWBCでの言動をふりかえって。「だから、他の選手が打つことを喜んでいる自分を、表に出していきました。ただ、自分のプレイについてグラウンドで感情表現をすることはしたくなかった。そこは、ゆずれないところでした」

発言をするというのは、怖いことです。でも、必要なことでもあります。

2006年の1月、どんな気持ちで発言をしているかについてのセリフ。「ヘタしたら、オマエは、ほんとにそんなことができるのか、なんて言われてしまいます」

練習には、限界があります。本番のゲームでしか、縮まらないものがある。

2006年の2月末、WBC日本代表がまだ一丸となっていないことについてイチロー選手はこう話している。「それは、練習では、どうしようもないことなんです」。2月24日に「今日から真剣にいこう!」と激を飛ばすこともあった。

意見を言わなければいけない立場ってあると思うんです。聞き苦しいことも、ときには、言わなければならない。

2006年の春のセリフ。「僕は、いまの野球界のなかでは、そういうことを表現して、伝えていかなければならない立場にいると思っています」

言葉を交わさなくても心地いい、というのが、いちばんいい関係だと思っています。

2006年の2月、WBC日本代表選手と出会ったときのセリフ。「はじめは、会話をしなければ……というきびしい空気ですよね」

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